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大阪地方裁判所 昭和62年(わ)5030号 判決

主文

被告人X子を懲役二年に、被告人Yを懲役一年六月にそれぞれ処する。

被告人X子に対し、未決勾留日数中三〇日をその刑に算入する。

被告人Yに対し、この裁判の確定した日から四年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人X子は、大阪市西区九条一丁目一〇番一九号所在の株式会社第一勧業銀行九条支店に勤務し、預金・為替業務に従事していたものであって、A(昭和二三年七月一二日生)と親密な交際をしていたもの、被告人Yは、Aの親しい友人であるが、

第一  被告人X子は、

一  別表記載のとおり、昭和六二年七月二七日午後二時五五分ころから同年九月四日午前八時三九分ころまでの間、三回にわたり、第一勧業銀行九条支店において、同銀行オンラインシステムの預金端末機を操作して、東京都渋谷区渋谷二丁目一三番三号所在の同銀行東京事務センターに設置され同銀行の預金の残高管理、受入れ、払戻し等の事務処理に使用される同システムの電子計算機に対し、実際には振替入金の事実がないのにもかかわらず、被告人X子の同支店普通預金口座(総合口座取引のもの)に二〇万円、三〇万円、二〇万円の振替入金があったとする虚偽の情報を与え、同電子計算機に接続されている記憶装置の磁気ディスクに記録された同口座の預金残高を四万七五二七円、一七万一四四六円、四万九五八二円として財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、よって、合計七〇万円相当の財産上不法の利益を得た。

二  Aと共謀のうえ、同年九月九日午後零時三八分ころ、第一勧業銀行九条支店において、被告人X子が、前記預金端末機を操作して、前記電子計算機に対し、実際には振替入金の事実がないのにもかかわらず、Aが知人のBから預金を払い戻すことを認められている同人の同支店普通預金口座(総合口座取引のもの、預金残高一〇〇円)に九〇万円の振替入金があったとする虐偽の情報を与え、前記磁気ディスクに記録された同口座の預金残高を九〇万一〇〇円として財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、よって、九〇万円相当の財産上不法の利益を得た。

第二  被告人両名は、Aと共謀のうえ、偽造した振込依頼書を用い、第一勧業銀行九条支店から予め開設しておいた株式会社三和銀行野田支店C名義普通預金口座に振込名下に入金させて利得しようと考え、同年九月二九日午後一一時ころ、大阪市港区波除《番地省略》甲野マンション一〇七号被告人X子方において、A及び被告人Yが、行使の目的をもって、ほしいままに予め入手しておいた第一勧業銀行九条支店備付けの振込依頼書用紙一枚の振込先欄に「三和」銀行「野田」支店、受取人欄に「C」、金額欄に「四五、〇〇〇、〇〇〇」等と記載するなどしたうえ、依頼人欄に「大和証券(株)西支店」と冒署し、もって、大和証券株式会社西支店作成名義の金額四五〇〇万円の振込依頼書一通を偽造し、同月三〇日午前一一時ころ、第一勧業銀行九条支店において、被告人X子が、同支店為替担当係員に対し、右偽造に係る振込依頼書一通をあたかも真正に成立したもののように装い他の正規の振込依頼書とともに回付して行使し、同係員D子をしてその旨誤信させ、よって、同日午前一一時二三分ころ、同女をして同支店為替端末機を操作させて全国銀行データ通信システムを通じ同支店から同市福島区吉野三丁目二七番一九号三和銀行野田支店C名義普通預金口座に金四五〇〇万円を振込入金させ、もって、右同額の財産上不法の利益を得た

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

罰条

判示第一の一の各所為(被告人X子について)刑法二四六条の二

判示第一の二の所為(被告人X子について)同法六〇条、二四六条の二判示第二の所為(被告人両名について)

有印私文書偽造の点 同法六〇条、一五九条一項

同行使の点 同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項

詐欺の点 同法六〇条、二四六条二項

科刑上の一罪の処理(牽連犯)

判示第二の罪(被告人両名について)

同法五四条一項後段、一〇条(最も重い詐欺罪の刑で処断、ただし短期は偽造有印私文書行使罪の刑のそれによる)

併合罪の処理(被告人X子について)

同法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重)

未決勾留日数の算入(被告人X子について)同法二一条

刑の執行猶予(被告人Yについて)同法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、銀行員であった被告人X子が単独又はAと共謀のうえ、起訴された分だけでも、四回にわたり、銀行オンラインシステムの預金端末機を操作して顧客の預金口座から一六〇万円を不正に流用した挙句、ついにはAと共謀のうえ種々の準備を重ねた末、被告人Yを預金の払戻し役として仲間に引き入れ、銀行から四五〇〇万円を詐取したという事案であって、このことだけからも被告人X子の刑責が重大であり、また、被告人Yの刑責をゆるがせにできないことはいうまでもないが、検察官、弁護人の各所論にかんがみ、被告人らの情状を更にしさいに検討すると、以下のとおりである。

まず、被告人X子についてみると、四五〇〇万円の詐欺が日頃の生活態度と全く無縁で偶発的なものといえないことが指摘されなければならない。すなわち、被告人X子は、Aと知り合って情交関係を結ぶ前から、分不相応な遊興にふける生活を続け、顧客の預金口座から不正に預金を引き出しては借財の穴うめに使用していたものであり、Aと知り合ってはじめて犯罪に手を染めたというものではないのである。そして、顧客の金に手をつけるという一連の行為の延長線上に四五〇〇万円の詐欺があるのであって、その意味で、そもそも被告人X子の態度に問題があったというべきである。もちろん生活が乱れ遊興に逃避するようになったのは、夫に対する不満がこうじ、精神的に安定を欠いたためであろうし、Aと知り合って情交関係を結ぶようになってからはますますAにのめり込むようになった結果、Aのために何とかしてあげたいとの気持ちから、Aの頼みを引き受けて四五〇〇万円の詐欺の犯行に及んだことも事実であろう。しかしながら、そのことを過大に評価するのは相当でない。むしろ、被告人X子が日頃から銀行の金を不正に入手する方法を得意げに話し、「私には黄金の右腕がある」などといってはばからなかったことからうかがわれる銀行員としての基本的なモラルを欠いた態度が問題とされなければならない。そして更にいえば、被告人X子は、顧客の預金口座から不正に預金を引き出していた過程において、いっとき顧客から預金解約の申入れがあり、不正流用の事実が発覚する危険が生じたことがあったが、その時点において、わずかでも銀行員としての自覚がありさえすれば、爾後の犯行をおかすことはなかったと思われるのに、その自覚を欠いた結果、その後も不正に預金を引き出し続け、ついには四五〇〇万円の詐欺にまで至ってしまったものである。このように四五〇〇万円の詐欺に至るまでには、以上のような経過が存するのであり、この経過と、そこからうかがわれる銀行員としての基本的なモラルを欠き、健全な社会人としての自覚を欠いた態度を軽視するわけにはいかない。四五〇〇万円の詐欺は、決してAのみを原因として惹起されたものではなく、被告人X子自身にも大きな原因があったことを見逃してはならないのである。

また、四五〇〇万円の詐欺の犯行の目的、態様をみると、Aから「税務署が入って一八〇〇万円くらい持っていかれるのや、何とかならんか」などと何度も頼まれたことが犯行の発端となったことは疑いなく、犯行目的は、主としてAの税金を支払うためであったことはこれを認めるにやぶさかではないが、被告人X子も預金口座からの使込みの穴うめを考えていたことは否定できない。そして、被告人X子とAは、犯行を計画して事前に振込先である架空人名義の口座を開設しているが、開設時に銀行の防犯カメラに撮影されて犯行が発覚することを防ぐため、かつら、眼鏡、事務服に至るまで準備しており、振込依頼書に押捺するゴム印も注文し、振込依頼書に指紋がつかないように慎重に配慮したばかりか、被告人Yに何度も練習させて筆跡を変えさせて署名させたり、更に、犯行日については、銀行業務が多忙となる月末をねらうとともに、振込依頼書に必要な出納印や振替印が押捺されているかをいちいち厳密に確認しなくなっているという銀行業務の実情を知悉していたことから、偽造に係る振込依頼書を正規の振込依頼書に混ぜて一括して同僚の女子行員に回付し、振込入金の手続をとらせたものであって、本件は、銀行業務に精通した被告人X子の存在があったからこそ成し得た犯行であることが明らかである。しかも、もろもろの計画は、主として被告人X子が考え出したものである。被告人X子は、実に積極的に犯行を推し進めているのであって、これだけの重大事犯をおかすのに、あまり逡巡が見られないことを重視せざるを得ないのである。確かに、弁護人の主張するように、Aは被告人X子を巧みに利用し、主導権を被告人X子に委ねた形にして自分の立場を従的立場において振る舞おうとしただけのことであるという見方は、おそらく当たっているであろう。Aが被告人X子の知識と経験を利用して大金を手に入れようともくろんだことも疑いはない。そして、Aが被告人X子の前では一八〇〇万円という税金の支払いに困った態度を見せていたが、その実最終的には三〇〇万円程度におさまりそうだということを正直に被告人X子に話していれば、事態は異なる展開を見せ、あるいは四五〇〇万円の詐欺に及ばなかったかもしれない。また、銀行の執務体制に甘さがあったことも事実であろう。しかし、そのような事情を考慮しても、犯行の態様はよくなく、被告人X子の果たした役割の大きいことを否定することはできない。

そして、その結果、いったんは四五〇〇万円という大金を獲得したばかりでなく、被告人らの犯行により銀行の信用は著しく傷つけられたものであって、結果の重大性も明らかである。

なるほど、弁護人がるる述べるように、本件各犯行は、結婚生活が破綻していく中、被告人X子が自棄的となった状態で、更にはAしか頼るものがないという思い詰めた状態でおかされたものであり、もし平和な家庭生活を営んでいたならば、このような事件はおこさなかったと思われ、その意味で同情の余地があるし、また、四五〇〇万円の詐欺の目的は、Aのために計画実行したもので自分自身の利得は従たるものにすぎず、Aの果たした役割もまた大きいことも、事実そのとおりであろう。また、被告人らが詐取した金額については、幸い発覚が早かったため、大半は無事回収されるとともに、費消した分もすべて弁償され、銀行側の宥恕を得るまでには至らなかったものの、示談を成立させていること、被告人X子には前科は全くないし、本件を深く反省していること、更に、事件が新聞等に大きく報道され社会的な制裁も受けていることなど、被告人X子のために酌むべき情状もいろいろ存在する。当裁判所もそれを認めるのにやぶさかではない。

しかしながら、被告人X子のおかした罪は大きすぎるのであって、それらの情状は、刑をかなり大幅に軽減する情状とはなし得ても、刑の執行を猶予するまでの情状とはいえない。実刑をもって臨まざるを得ないと考える次第である。

次に、被告人Yについてみると、四五〇〇万円の詐欺という重大な犯行に加わったその刑責の軽くないことはいうまでもない。被告人Yは、五〇〇万円の分け前をやるといわれ、娘の結婚資金欲しさから、五〇〇万円という金に目がくらみ、更に、被告人X子やAから絶対ばれないからといわれて、いとも簡単に仲間に加わり、預金の払戻し役を引き受けたものであって、いかにも安易というほかはない。

しかしながら、被告人Yは、犯行の前日にAらから呼び出され、突然犯行計画を打ち明けられて、仲間に加わったものであり、犯行に果たした役割は、被告人X子、Aに比すると、かなり小さいといってよいこと、既に述べたように銀行側との間に被害弁償をし、示談を成立させていること、交通関係の罰金以外に前科はないこと、深く反省していることなどの情状が認められるので、今回に限り、刑の執行を猶予し、この社会内で更生する機会を与えることにする。

(求刑 被告人X子について懲役四年、被告人Yについて懲役二年)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 仙波厚)

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